リベラル神学 

 「リベラル神学」は1800年代から盛んになった、自然主義者を中心に、奇跡を拒みながら聖書の内容、聖書の存在自体を自然の現象だけで説明しようとした動きでした。前提にある、奇跡が起こらないところから始め、多くの意味で本物のキリスト教からずれているのですが、今まで見た無神論や相対論と違う点は、聖書やキリスト教については詳しくて、「本物のキリスト教を研究している」と掲げているつもりが、本物のキリスト教の信仰を打ち壊す結果につながっていることから、実で木を判断するべきです。

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 リベラル神学と一緒に弁証学的に扱うべき立場としては、不可知論(agnostic)、グノーシス派の類など、聖書を疑う懐疑的な立場すげてです。これらの立場は学究的です。学術的な認識論に立ちますので、一般人からしたら非常に優秀に見えます。しかし、この「Wikipedia Epistemology」について考えましょう。

 「事実を知るのは参考文献があるから?」。。。

 

聖典について

 一年生の第一番の授業では、聖書の特徴を上げました。もう一度みてみましょう。

 そして、リベラル神学の主張と比較してみましょう。

  • 権威 まず、これについて、リベラル神学者が拒みたいのですが、直接は触れません。

  • 充分 なら、聖典の範囲について問われます。固定聖典や外典の内容について考えましょう。。。

  • 無謬 また、聖書の表面的矛盾について、お詳しいはずです。調和について考えましょう。。。
    例えば、創造の順番、創世記1章と2章を比較してみましょう。(2:4-7?, 2:19?)

  • 信頼性 もう一つの戦場は、聖書の起源です。伝統的に伝わって来た著者、著作年、著作場所について問われました。また、書かれた当時から、私たちの手に渡るまで、編集されたかどうかを問われました。新約聖書では、それぞれの手紙はパウロっぽく書き方されているか、されていないかなど、著作スタイルで比較されました。同じように旧約聖書、特に預言者とモーセ五書に根性のない思索が多くあります。ダニエルやイザヤ書をそれぞれ二人、三人の著者に分ける人や、モーセ五書を4人(EJPD)に分けます。また、元文批評では、マルコ書の最後とか、ヨハネ7:53-8:11は編集の証拠だと言います。これらの主張について考えましょう。。。

 上記の意義のポイントから外れてはいけないのです。聖典が充分であって、無謬で信頼できるものを拒むリベラル神学者の目的は、表に出していない聖書の「権威」と「関係性」を拒みたいのです。聖書に対してのこれらの思索(ダビンチコードなどもそうですが。。。)根本的なところ、その人は神に反逆したいのです。そういうと、質問されるところから逃げます。「神学に興味がない」とバートエルマンが言いますが、その言葉も神学的な言葉です。中立的な学術立場はありません。なぜなら、御言葉の権威と関係性は、無謬で充分で信頼できるものだからではありません。その真逆です。信仰の視点を持っていない人はまずその権威と関係性を受けなければ、御言葉に触れることが間違いです。

「それでもいいの」
— 神学博士(同志社) 青木安憲 

 学術的に長い長い時間を費やして来た人は、どのことでも真理と言うためには参考文献をとりあげないといけなかったので、聖書も、「参考文献」を無理矢理つけようとします。この「ウィキペディア認識論」がため、多くの誤解をしてしまいます。しかし、聖書は「霊感」によって与えられました。また、「信仰の家族のもので、信仰の家族によって、信仰の家族の中で、信仰の家族のために書かれた」のです。その信仰の家族ではない人が学術的に解剖すること自体が間違いなのです。と同時に、保守的な神学の立場からでも、回答ができます。。。

・An academic response to “Misquoting Jesus”: http://evangelicaltextualcriticism.blogspot.com/2005/12/review-of-bart-ehrman-misquoting-jesus_31.html

聖地の考古学

 聖書が正しいなら、もっとエジプトやギリシャ、メソポタミア文明のように、考古学的な証拠があるはずだ!と主張する人もいます。オットマン朝がなくなった世界第一戦争前後から本格的に始まった聖地の科学的考古学は多くの証拠を発掘し、それが聖書の正確性について確定していくのにかかわらず、もっと求める人もいます。その主張と聖書的考古学について考えましょう。。。

出エジプト?!

 古代エジプト語が読めるようになってから、古代エジプトが残した石に切り刻んである文字で、イスラエルやユダという文明や国民の記録がないと言われます。一か所、イスラエルの追放前後でヘブライ人を指す文があるが、出エジプトの時の記録などないので、その神話を拒みますと。しかし、現代の中国政府に天安門事件について、記録をお願いしてもでません。その大きな恥を欠かせたイスラエルのことを一切書くなと命令されたことも、充分考えられます。また、渡った場所は紅海ではなく別の場所だと主張されますが、パロの軍が水溜りに溺れた奇跡について説明し難いところもあります。

士師記と王の年表?!

 士師記に出てくる士師は、順番に出てくると単純に並ぶと、別の聖書箇所で表明されているモーセからダビデまでの年数を超えます。これについて、いくつかの士師記の説明があります。

 同じように、王の支配年数、生まれた年、死んだ年の年表を作るのに苦しんできました。今では、イスラエルとユダの王の年表についても、有効的な説明ができました。イスラエルとユダの王の年表の問題点の解決について、このリンクを参考にしてください

ユダヤ人は一神の宗教じゃなかった?!

 ヤハウェの宗教はペルシアのゾロアスター教の真ねだと言われます。ヤハウェを唯一の神として礼拝していた証拠がなく、多神教であった証拠が溢れていますと。しかし、聖書の内容を理解していると、そう期待すべきではないでしょうか。目に見えない神であるヤハウェの第2~3戒めは、その偶像を作ってはならなくて、名前もみだりに唱えてはなりません。礼拝できる場所はエルサレムの神殿に限られて、その場所は考古学的に初期状態が保たれて来たとは全く言えません。また、聖書の話の通り、第一神殿の時代は、ヤハウェの礼拝者が本のわずかで、まわりの国の神を礼拝した人が多くいて、その異教徒がヤハウェの宗教を何度も打ち消そうとしていました。(2歴代誌33~36章)

その他にも、聖書にシンクレチズム(宗教的融合)が見受けられますが?!

 中東の宗教と混交していると言われます。サムソンの話はヘルクレスの神話に似ていると。その他に、多くの中東の神話や多神教の神々が聖書の人物になっていますというふうに、リベラル神学者が言います。しかし、そのような主張は前提にかかっています。もし、聖書が正しいとすれば、まわりの国が逆に真理である聖書に似た話を自分の国の神話に取り入れることが由来と考えます。偶然ということもあります。これに類するすべての主張は根性のない思索です。

 ユダヤ人は幾千年以上、迫害されてきました。わざと、ユダヤ人とユダヤ教を打ち消そうとした運動が相次いできました。その中で多くの証拠は壊されて、燃やされて、変えられて、隠されて、暗黒化されてきました。考古学的な証拠が少しでもあることは奇跡です。そしてその奇跡的に残っているものは明らかです。

参考 Associates for Biblical Research 聖書の考古学について、多くの証拠あります!

最後に一言

 聖書の権威と関係性に戻ります。どの人でも、聖書の権威の下にあります。人が最後の裁判の御座の前に来た時、他の人の基準で裁かれるのではなく、聖書の基準によって裁かれるのです。リベラル神学者は、特にその日を恐れるべきです。

18:6 しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。18:7 つまずきを与えるこの世は忌まわしいものです。つまずきが起こることは避けられないが、つまずきをもたらす者は忌まわしいものです。

ーマタイ18:6-7

23:13 しかし、忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、人々から天の御国をさえぎっているのです。自分もはいらず、はいろうとしている人々をもはいらせないのです。

ーマタイ23:13


リーディングプランキリスト教の精髄 ch. 25-27

リーディングプラン

キリスト教の精髄 ch. 25-27

質問

①どうして、聖書の文章が「聖典」であることに確信を持てますか。

②聖書に矛盾ありますか。例えば、旧約聖書の神と新約聖書の神は違うようにみえるという人にどう答えますか。

③聖書に対して中東の考古学的な証拠はありますか。なぜ、もっとたくさんが残っていないでしょうか。