The Church: Living Stones, Holy Priesthood and Exiles 教会:生ける石、聖なる祭司、寄留者

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。。。今日も主の前に出て、イエスに今年もよろしくお願いします。とそう祈りたいです。御言葉からイエスの声を聞いて、それに従順になっていきたいと思いませんか?

2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。2:3 あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。

2:4 主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。2:5 あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。2:6 なぜなら、聖書にこうあるからです。

「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、
尊い礎石を置く。
彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

2:7 したがって、より頼んでいるあなたがたには尊いものですが、より頼んでいない人々にとっては、

「家を建てる者たちが捨てた石、
それが礎の石となった。」のであって、

2:8 「つまずきの石、
妨げの岩。」なのです。

彼らがつまずくのは、みことばに従わないからですが、またそうなるように定められていたのです。

2:9 しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。2:10 あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

2:11 愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。2:12 異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのそのりっぱな行ないを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります。

1ペテロ 2:1-12

2:1 So put away all malice and all deceit and hypocrisy and envy and all slander. 2 Like newborn infants, long for the pure spiritual milk, that by it you may grow up into salvation— 3 if indeed you have tasted that the Lord is good. 4 As you come to him, a living stone rejected by men but in the sight of God chosen and precious, 5 you yourselves like living stones are being built up as a spiritual house, to be a holy priesthood, to offer spiritual sacrifices acceptable to God through Jesus Christ. 6 For it stands in Scripture:

“Behold, I am laying in Zion a stone,
a cornerstone chosen and precious,
and whoever believes in him will not be put to shame.”

7 So the honor is for you who believe, but for those who do not believe,
“The stone that the builders rejected
has become the cornerstone,”

8 and
“A stone of stumbling,
and a rock of offense.”

They stumble because they disobey the word, as they were destined to do. 9 But you are a chosen race, a royal priesthood, a holy nation, a people for his own possession, that you may proclaim the excellencies of him who called you out of darkness into his marvelous light. 10 Once you were not a people, but now you are God’s people; once you had not received mercy, but now you have received mercy. 11 Beloved, I urge you as sojourners and exiles to abstain from the passions of the flesh, which wage war against your soul. 12 Keep your conduct among the Gentiles honorable, so that when they speak against you as evildoers, they may see your good deeds and glorify God on the day of visitation.

1 Peter 2:1-12

今日、ここから学びたいことは主にある、私たちのアイデンティティ。イエスを信じるなら、あなたは生ける石、聖なる祭司、寄留者です。

1. Living Stones 生ける石

単独ではない。生ける石とは、お互いに組み合わせて建て上げられて一つとなります。

一致して、主の住まいとなります。主はとどまる場所を探しています。それは建物ではなく、受ける私たちが主がとどまるにふさわしい器になっているかどうか。

66:1 主はこう仰せられる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。わたしのために、あなたがたの建てる家は、いったいどこにあるのか。わたしのいこいの場は、いったいどこにあるのか。66:2 これらすべては、わたしの手が造ったもの、これらすべてはわたしのものだ。――主の御告げ。――わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ。

イザヤ66:1-2

1Thus says the LORD:“Heaven is my throne, and the earth is my footstool; what is the house that you would build for me, and what is the place of my rest? 2All these things my hand has made, and so all these things came to be, declares the LORD. But this is the one to whom I will look: he who is humble and contrite in spirit and trembles at my word.

Isaiah 66:1-2

生ける石となることには基礎の石が大事ということです。1ペテロの箇所はその土台がイエスと教えてくれています。<謙遜で御言葉に従順であるイエス様の福音>

1ペテロ2:6「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

生ける石は永遠の命がある。


2. Holy Priesthood 聖なる祭司

1ペテロ2:5をもう一度読んでみよう。「。。。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。」

私って祭司!そうです。信じる時にあなたは祭司になります。あなたは神に喜ばれる霊のいけにえを捧げる。神に喜ばれる霊のいけにえとは?信じること→告白→祈る→礼拝。

そんなこと、できないと思っている人もいると思う。できないと思う時があると思う。でも逆の順番でいいです。礼拝すること、一緒に主に歌うこと。その歌詞を自分の祈りにする。祈りが告白であり、宣言です。そうすると神のみ言葉が知らないうちに自分の口から出る。口にしているうちに心も変えられます。今年は、信仰が弱い時こそ、礼拝のところに戻りましょう。


3. Exiles 寄留者

最後にこの箇所では寄留者であることと言っています。寄留者とは、現在の場所に長居しないことを計画しています。私たちはこの世の中で、ゴールを置いていない。私たちの国籍は天にあります。

ここにいる間、寄留者としての生き方について、11~12節。「たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。異邦人の中にあって、りっぱにふるまいなさい。そうすれば、彼らは、何かのことであなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたのそのりっぱな行ないを見て、おとずれの日に神をほめたたえるようになります。」

主が訪れる日があります。主を心から待ち望む人にとっては、その日は大きな喜びになります。私たちの待ち望む姿勢はどうですか?人間の力によって生きようとしていた人がいた。その人は1節では「すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口」を捨てる必要があった。悪意を持つことは、自分が先になりたいから、人を落とそうとする。少しでも責任転換できないのかと、人はごまかしをするけど、不誠実な人は主に対しても忠実になれない。偽善は良さそうなことをしたりすることです。ギリシャ語の「ὑπόκρισις」とはギリシャ風の演劇でマスクをしていて、俳優さんのことです。ねたむとは他人の豊かさを嫌うことです。人生が競争なら、自分が一番にいたい気持ちです。悪口。これらは全部、人間の力の発揮する方法。人をうまく転がそうとする方法。「上手な言葉」を使って、裏で動いて、闇の中で本当の行動をとりながらも、光の中ではマスクをつけること。

これらの事を捨てなさいと聖書がいいます。聖霊が自分の力の源なら、そういうことは一切いりません。むしろ、2~3節「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。」またローマ2:4「神の慈愛があなたを悔い改めに導く」

一つに組み合わせれる生ける石でいよう。聖なる祭司として心から礼拝していこう。寄留者として、この世の生き方を捨てて、聖霊の力でいきよう。


Message notes by Chris Moore of His Call Church - ヒズコールチャーチ